vorwort
2004年に現地のブックフェアで初めてその作品を見せてもらってから、再会を期していた "FliegenKopf"(フリーゲンコップフ)。その時の出会いは別の仕事に活かし、今回はようやく当店のために赴く事ができました。訪問を快く受けてくださり、暖かく迎えてくださった工房主 Christa Schwarztrauberさんに感謝します。

印刷所に入った事は何度もありますが、活版工房となると日本でも未経験なので、今回お邪魔する事ができたのは個人的にも貴重な体験でした。1月、大雪のミュンヘン。中心部から少し離れ、約束の時間に雪に埋もれた古い集合住宅を訪ねます。


思った以上に小さな工房は、アーティストや他の工房も入居している静かで小さなアパートの半地下。一歩中に入るとインクの匂い、鉛の匂い、紙の匂いに包まれます。本が好きな人間は紙もインクも好きなもの。古びた美しいものが(よい意味で)散乱するその室内に、軽い興奮とめまいを覚えます。

そして初めて見る <本当に使われている> 活字の量にみとれながらも、3年ぶりの再会をお互いに祝します。覚えてもらっているというのは嬉しいものです、やはり。


今日は紙と文字に浸るつもりでやってきた我々。まずは、日本からの手みやげとして、同じく手刷りの紙や冊子をクリスタさんに贈ります。いずれも日本の現在の作家たちが作った折り紙つきの美しさ。想像以上に喜ばれ、内容や製法も聞かれ、やがて語力が追いつかなくなり...。たどたどしい説明に何度も「interessant(面白いね)」とうなずいてくれました。まさにインテレサント、日本の今の手刷りや手製本にも興味を持たれたのでしょう。嬉しい事です。

同時に我々も室内に興味津々。素晴らしい数々のタイポグラフィの作品、冊子、本、道具類に目がいきます。活字を仕分ける箱、製本時に穴をうがつピック、刷り上がった紙を干すレールとクリップ。どれも単独で目にした事のあるものばかりで、何に使うか頭でもわかっていたつもりですが、実際にこの工房で使用されている、つまり生きた姿でいるのを目にすると、また感慨が深いものがあります。

文字のすべてに興味がある、というクリスタさん。もちろん漢字にも惹かれるものがあるのでしょう、この「禁止吸烟」(中国産?)のパネルの他にも部屋のあちらこちらに漢字表記が見られました。中には日本の知人に作ってもらったという日本語の名刺まで。

更に面白かったのは、中国で買ったという活字。見事にすべて漢字一文字でしたが、活字としてならんだ様は同じ漢字の国の人間からみても、それはしっとりと美しいものでした。鉛の重さと黒光りするつややかさが生き物のよう。写真をとらなかったのが残念。

そういえば、それらの活字の中から選び出して「夢」「鳥」「芋」などの漢字の意味を説明すると、真剣に聞き入ってくれ、そして「どっちが上?下?」と必ず聞かれるのでした。そうか、上下がわからないのだ...という感想も新鮮に思えます。欧州の活版工房で漢字の魅力をあらためて知る。


訪問の第一の目的は工房の活版作品を購入させてもらう事でしたが、いつの間にか話はそれ、なぜか実際に印刷を体験してみようという事になりました。工房の魅力を知ってもらうためのクリスタさんの粋なサービスです。更に粋な事に、いっそ我々のアドレスカードを印刷してしまおうという話になり、またたく間にクリスタさんの活字拾いがその場で始まったのでした。

活字拾い。それが目の前で見られるのは本当に幸運でした。クリスタさんに「銀河鉄道」のジョバンニの事を伝えたかったけどそこまでの会話力はなく、そうこうするうちにみるみる活字は組まれてゆきます。ちなみにこの工房の正式名称は "Handsatzwerkstatt Fliegenkopf"。「Handsatz」は「(手作業の)活字の組み」、「werkstatt」は工房です。活版印刷にまつわる言葉には他に「Handdruck」(手刷り)などがありますが、「Satz」はまさに活字の命脈。真ん中の写真にみるような器具で活字を効率よく集めて組んでゆきます。今まさに「Satz」となってゆく活字たち。小さいもの好きにもほどがある私が、「できるだけ小さい活字で」とリクエストしたため、クリスタさんは眼鏡が必要になりました。輪転機も始動を待っています。

刷りたてのアドレスカード。こちらは同行者のもの。真っ白い紙に群青色のインクで美しく刷り上げてくれました。すすめられ、輪転機も自分たちで回してみたのですが、楽しい! 手を離すタイミング、止める技術、均等になるように美しく刷り上がるように五感をフルに活用し、一枚一枚刷る作業はなるほど時間のかかるものですが、その面白さとある種のスリルは未知の感覚でした。

しかし、こんな小さなカードでもあれだけ時間がかかるのだから、大きな書物、凝った作品となると一体どうなるのか...その道のりを思うとなぜか恍惚とした気持ちに。まさしく人間の「Hand」の力を美しい文字に見る思いです。


文字と紙とインクであふれた工房内。様々な形の文字や図版が踊る紙類をみているだけで楽しい。常套句でなく本当に楽しいのです。欧文の組みの美しさ、アルファベットの持つ可愛らしさ、新しいデザインの躍動感など、ここFliegenKopfにはこれからの活版の可能性に満ち満ちている様子が実際に訪れてよくわかりました。

印刷発祥の地といわれるここドイツでも、日本と同じく80年代から既に活版を見る事は少なくなっていったとのこと。それでも、テクノロジーや大量生産から一歩離れて、これまで来た道を振り返る事も多いいまだからこそ、FliegenKopfの活版技術も見直され求められる機会が増えるだろう事は想像できます。そして今度は日本の活版の現場をクリスタさんに見せてあげたいものです。きっと楽しんでくれるでしょう。「インテレサント!」

最後に。
工房でカードを作ってもらった際に、実際に組まれた活字がいま手元にあります。記念にと持たせてくれたそれは、きっちりと配置され、紐で結わえられ、ずっしりと重く、鈍く光り、ここから美しい文字がインクをまとい人の手で回転させられ、薄い紙に印刷されてゆく様を想像すると、手仕事の妙に感じ入ります。活字の魅力にあらためて触れられた貴重な時間でした。日本に帰った今、活字に関する本をちらほら読んでいます。まだまだ知らないこと知りたいことばかり。

6 punkt  Bembo-Antiqua


   
古びた建物の小さな工房、そこを埋め尽くす文字と紙。作品だけでなく工房のそのたたずまいにたちまち惹かれたのは思えば我ながら当然のこと。いつか夢見た理想の「わたしの部屋」がそこにあるような気がしました。もちろん続けて行くには苦労もあるはず。お父さんから受け継いだ技術と共に、小さな工房を運営し美しい作品を作り続けるクリスタさんを尊敬します。数日前「日本の本にFliegenKopfが取り上げられました、嬉しい」とお便りが届きました。(07.6.27)

FliegenKopfのウェブサイト:http://www.fliegenkopf-muenchen.de/
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